それは色々あるだろう。性格 信念 嗜好・・・・ もしかしたら挙げるときりがないくらいあるのかもしれない。
そしてそのほとんどが、今の自分を築いているベースとなっている。
ある意味それだけ大切なものなのだ。
大切なものだからこそ、自分でしっかりと理解しなければならない。
自分がどんな人間なのか?
自分の考え方のベースになっているものは何なのか?
そしてその良し悪しも・・・
とある問題が起こっているとしよう。
その問題を引き起こしている要因は数多くあるだろうが、自分が問題となっていることが非常に多い。
それも自分のうちに秘めたる要因によってである。
そしてそのような場合、大概の人間は、自分のうちに秘めたるものの良し悪しがわかっていない。
それがわかっていれば、その問題解決は容易であり、問題を広げることもない。
しかし、人間というのは、自分を客観的に見て、自分を否定することが苦手である。
自分の良くないと思うことを認めたくない動物なのである。
しかし、そのままであれば、成長を止めてしまう
たまに、俺は俺だ!ほって置いてくれ!!と気勢を張っている人がいるが、冷静な周りの人間からすれば、情けないの一言に尽きる。
多くは問題が起こった時に自分のことは棚にあげ、他人やシステムに問題の要因を見つけようとするのがその典型である。
では人間がうちに秘めたるものとはどのようなものでなければならないのか?
ここからは私見である。
常に成長し続けるものであると認識することが大切である。
成長し続けるとは、変化し続けるものだということである。
人が持つ性格や思考は、人が意識してつくるものではない。
生まれた時から、周りの環境や経験から徐々に構築されていくものである。
ということは言い換えれば死ぬまで成長し続けるものなのだ。
では、信念はどうなのか?
何か新しいものに取り組もうとしたとき、人間は強い意志によって行動を起こす。
この強い意志が信念である
その強い思いの元、行動に移されるのだ。
ではこれは曲げてはいけないのか?
私は、性格や思考、嗜好などと同じものだと考えている。
この強い意志が信念である
その強い思いの元、行動に移されるのだ。
ではこれは曲げてはいけないのか?
私は、性格や思考、嗜好などと同じものだと考えている。
これも、経験と知識により成長し続けなければならない。
時代の流れの中で、事を起こしている限り、変化を免れることはない
もし成長を止めてしまえば、その信念から生まれた事柄はいずれ破綻してしまう。社会が変化し続ける中で、自分は変わらないと言ってるにすぎないからである。
人間はこの内に秘めたものをベースに良し悪しを判断しているのだ。
自分が経験するものや、いろんなところから得た知識なども、これをベースに判断してると言って良い。
ゆえに非常に大事であるのだが、大事にしすぎることにより、それ自体の良し悪しの判断ができていない。
自分のうちに秘めたるものは、こうなんだ!と自信を持つことは大切であるが、同時に明日には変化していると言うことも意識として持たなければならないのだ。
自分のうちに秘めたるものは、こうなんだ!と自信を持つことは大切であるが、同時に明日には変化していると言うことも意識として持たなければならないのだ。
自分の成長を妨げているのは、実は曲げないうちに秘めたるものであるということが言える。
0 件のコメント:
コメントを投稿