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ダイビングとバイクをこよなく愛する53歳のおやじ。じっとすることが嫌いな性格はいつまでたっても変わらず。なんにでも興味を示す雑食派 人との繋がりが自分のすべてのエネルギーと信じる。日々出会い、日々学び 嫌いな言葉 マイペース 無責任

2017年5月23日火曜日

目的達成には器の質と中身の発想力と行動力が必要だ

おはようございます。

自社の若者達が会社の目的や、その先にある会社の未来を語っていますか?


こんなことができたらいいねぇ!

それを通じて世間や日本にこんな貢献ができたらいい!

そしたらもっとこんなことができるよネェ


こんな会話、会社の中や、社員同士のミーティングや飲み会で起こっていますか?そしてそれを行動にうつさせていますか?



これこそが会社の活力、原動力


自発的にこんな会話が起こっている会社は、確実に伸びる会社

でしょ?わかるでしょ


もしできていないなら、それはそんな意識を持たない社員が悪いのではなく、経営者がそんな環境をつくっていない。もしくは、そんな環境をつぶしていると言うこと

そこからは愚痴しか出てきません。


さてあなたの会社はどっち?




愚痴ってる社員の皆さんへ


経営者は本当にそんな環境をつくっていない?

自分の思い通りにならないから、この会社は駄目と短絡的にドライになっていませんか?

経営者は一人の社員に合わすことなんてしないよ

そこは自らの行動でしょ


自分の夢はなんですか?

あなたはなんのために働いているの?

あなたの働く会社は何を目指している?

それを理解してあなたは働いている?


その答えは、本当に正しいですか?

その答えでわくわくしますか?



それは誰も教えてくれない自分でみい出さなければならない部分


さて、あなたは正しい働き方をしているでしょうか?


さぁ、両方の立場から書いてみました。矛盾するように見えるかも知れませんが、実は矛盾はありません。

解りますよね


双方が肯定的に成立したときのみ、会社は本来の目的(地益や地位ではないもの)を達成できるのです。


双方の努力が、働き甲斐、働き方を決めるんだと言うこと


ルールの前に、自分の胸に手を当てましょう


2017年5月5日金曜日

企業側が要求する人材とは?No.1

昨年から、企業側が要求する人材の方向が大きく変わってきているように感じる。

たった数社ではあるが、商社、銀行、建設の分野で出会った人達が全く同じ言葉を口にしている。

経営能力を持った人材の確保である。

これは、入社候補者も当てはめているようであるが、主に、若手社員の中からの発掘がメインのようだ。

ただ、彼等の言葉の中には、それに見合う人間がほぼいてないという。

共通する質問は、そういう人材をどう育てたら良いのか解らないと言うものである。

ベテラン社員が、どうして良いのか解らないと声をそろえて言う。おかしなことでしょ

一部の企業では、新卒者から、数人を選抜し最初から幹部候補として育て上げる手法に出ているところもある。

えっ、そんな差別と思うかも知れないが、そうしなと、後々会社が成り立たなくなる可能性は充分にある。

そもそも、社内競争を勝ち抜いてきた経営者の人達には、経営論で勝ち抜いてきた人達はいない。

大きい会社になるほど、それは顕著で、経営者(社長)は新入社員、平社員、副主任とスタートする、役職の最高位でしかないのだ。

経営とは、社内競争を勝ち抜くことではない。

社内をまとめ上げ、時代の流れに即した会社運営を行い、その時代を勝ち抜く組織を作り上げることが経営者の仕事なのだ。

社内競争に勝ち抜いたものがこのセンスを持ち合わせているはずがない。

勝ち抜いたから持ち合わせるのではなく、持ち合わせたから勝てた。と言うのが本来正しい答えでなければならないが、ほとんど、そんな経営者は見かけることはない。


大切なのは経営センスである。

企業の中にそんなことを、考えて働いている社員達が果たしているだろうか?

そんな経営論を明確にできていない人達がいきなり経営論を人に伝授できるはずもなく、行き詰まって当たり前である。


経営センスとはどうしたら生まれるのか?

やはりここには経験しか無いと言わざる終えない。

ただし経験すれば身につくものでもない。

経験の何を、どう身につけるかは、その人次第なのだ。

5人が経営センスを身につける研修を受けたとしよう。

その研修を卒業すれば経営者候補と誰もが思うだろう。

ところが決してそうはならない。

なぜなら、そこには個人の資質、個人の性格が大きく寄与するからである。

実は、それが、80%以上と思っても良いのかも知れない。

学んだことを、客観的に自分に照らし合わせ、どう表現するのが一番何にとって良いのか?

この答えを明確に持ったものだけが、経営者候補となる。

ここでいう学んだことも、与えられる学びではなく、自らが率先する学びである。


一世を風靡した日本企業が、今、衰退したり、伸び悩む原因はそこにある。

ある意味一部を選抜して、経営者候補として育てる会社は正しいであろう

選抜基準は、非常に高ものであるはずだが、問題は誰が選抜するかだ。

でしょ(笑)選考委員が解っていなければ、茶番に過ぎない(笑)(笑)


これって、ある意味、2世に帝王学を教えるのと一緒でしょ(笑)(笑)(笑)

あっ、この文章で解るように、コンサルが教える経営論なんて、なんお役にも立たないからね

方法は一つしか無いはずです。

これから、世に出る学生諸君、学び方を間違えるなよ








2017年4月25日火曜日

経営者側における報連相とは?

業務遂行において、報告、連絡、相談は絶対必須条件であることは言うまでも無い。

が、それぞれ何のためにやっているかちゃんと理解できている人はいるのだろうか?

ちゃんと明確に答えることがで来ますか?

報告する側、される側

連絡する側、される側

相談する側、される側

それぞれの、想いがずれていれば、それは、報連相のための報連相にしか成らない。

そこから生まれるものは、皆無といっていいし、生まれたとしても的外れであることの方が多い

ここで重要なのは、双方が何のために報連相をしているのかと言うことの共通認識を持つことである。

まず、報連相をする側の勘違いの殆どは、責任回避のための報連相である。

報連相しなければ怒られ、責任を取らされるから!

その為に報連相はあるの?

違うでしょ。する側の答えは自分で考えてね

さて、問題はされる側である。


部下からの報連相

あなたは、どこまでを要求しますか?

ことの一部始終を要求してる人、本当にそこまで必要ですか?

いざ何かが起こったとき、その責任はすべて自分にあるから把握しなければならない。

当たり前に返ってくる答えです。でもよく考えてください。

社員があげてくる日報、それを全部把握していますか?

もしそれが会社にとって一番大切であるのならば、大手企業は成り立たなくなってしまいます。

人間にはそれを処理するだけ能力など持ち合わせているはずもありません。

大切なのは、責任の分担であり、そこに存在する報連相なんです。

その領域を超えての、報連相は、ほぼ無意味に近いのです。

大手企業は、責任の分担の上で、報連相がなされ、それぞれが責任の下で処理され、上位への報連相の連鎖がなされています。


うちは、大きい会社でもないし、社員全員を把握できる範囲だからすべて自分が受けていると、自信たっぷりに言う経営者のがいます。

それはそれで、経営者が能力に長けていれば正しいことなのかも解りませんが、それは逆に社員を信用せず、社員に考えるという行為をさせないことに繋がり、社員の成長を停めてしまっています。

そんな中でも一番問題なのは、ありとあらゆることを報連相させ、そこで止まっている経営者です。

本来、会社運営円滑化のための報連相が、経営者の満足に使われていることです。

経営者の満足のための報連相は、全く何も生まないどころか、その為の時間が全く無駄になります。


効率化を促す経営者が、自ら自分の満足のために部下に無駄な時間を使わせているのが、実態なのです。


経営者の皆さん、今社員達にさせている報連相、本当に自分にとって大切ですか?

それは、幹部までで良いのではありませんか?

経営者、代表取締役と言った役職が、自分を非効率の渦中それも一番根底においてしまっていませんか?

会社を理解するというのはすべてを把握すると言うことでは無いのです。


ちなみに弊社には、経営者に対する報連相は、ほぼありません。

幾つかはありますが、何故その報連相は必要なのか?それを使って自分は何を見いだすのか?

それが会社にとってどういう影響を及ぼすのか明確に伝えています。

そうすることにより、報連相の本来の意味も明確になりますし、その考えは社員の成長にも繋がります。

極力、会社のことは知ろうとせず、本来、自分が何故必要か説明できることだけを、望めば良いのです。

上司ほど、報連相は受けるのではなく、聞きたいことだけを自ら聞くと言う姿勢が大切なのです。


そうでなければ、怖くて会社からでれないですよね(笑)


怖いですけどね(笑)








2017年4月23日日曜日

企業における贅肉とは

贅肉とは?不要なもの、健康を害するもの 
一概にそうとも言えないのが贅肉
見方を変えれば、それはエネルギーの蓄えでもある訳です。
いつ何時でも、エネルギーを取り込むことができる今の時代において、エネルギーの蓄積とは言えなくなってきました。逆に贅肉は蓄えでありながら自らもエネルギーを消費するやっかいな存在でもあります。

さて、企業における贅肉とはなんなのか?
体に着く贅肉と同じ観点から着目すれば、人間が生きるために機能する臓器が、会社運営のシステムと考えれば会社においてそれを動かすエネルギーとはなんなのか?
それは紛れもなく、資本であり、利益です。これは決して悪者ではなく、それを美味くエネルギーに変えて、成長を遂げていきます。

しかし、方や、消費だけしかしない贅肉も存在します。
それは、無駄に存在するシステムです。
本来、臓器でありながら生きるために不必要な臓器 たとえば盲腸のような存在のシステム。
見直していけば、それは非常に多く存在するのが企業の無駄な贅肉です。

確かに、そのシステムが導入されたときは必要であったことでしょう。
しかし、企業が成長をしていく上で、不必要になったシステムは無数にあるのではないでしょうか?

企業は、時代に乗り遅れるなと、ありとあらゆる最先端のシステムを率先して導入しようとします。
しかし本当にそれでいいのか、
もはや贅肉となってしまったシステムをそぎ落とす必要ないのか?
実は贅肉をそぎ落とすことは非常に大事でありながら、いつも二の次に回されてきました。
それは何故なのか?

そこには人間のプライドというやっかいな存在があります。

自分が開発、もしくは導入したものをを捨てることができない。
それを捨てると言うことは、自分を否定することだと勘違いするからです。
自分が放棄するならまだしも、他人に放棄される悔しさと言ったら例えようがないでしょう。
またそれに輪をかけて、先輩が作ったシステムだから放棄するわけにはいかない。などという会社の成長に大きくかけ離れた気遣いがそこに生まれます。
この組み合わせによって、企業の贅肉は消えるどころか、ますます肥大化を続けます。
人間のプライドや相手を思いやる気持ちが、本来の目的とは別の最悪な結果を生んでしまっているのです。
確かにプライドや思いやる気持ちは大切でしょう。
しかし、使い方を間違えば、そこに参加するすべての人を間違った方向に導いてしまうのです。
それこそが、会社の成長を大きく阻害していることに繋がり、停める大きな要因となっているのです。
システムを動かすには、それがどんなシステムであろうと、そこには必ず人が関わります。
人が関わる以上はそれは消費に繋がります。基幹に乗らないシステムは生産性のない無駄な消費にしかならないのです。

では、そうならないためにはどうすれば良いのでしょうか?
自分のやってきた過去のプライドを捨てるためには……
マイナスとなる人を思いやる人間関係を無くすには……

会社はチームでありチームとしてなどんな成果を作り出そうとしているのか?
その成果は自分たちに何をもたらすのか?
そこに自分の存在意義を見いだせばいいわけです。

それを決めるの経営者だという人もいてるでしょう。
確かにそうかも知れません。
しかしその想いを全員で共有することは、贅肉をそぎ落とす第一歩でもあります。
共有することにより、自らがやることを見いだすのです。

これは業務の担当を言ってるのではありません。
与えられた業務を通して、自分の役割はなんなのか?その成果に対して、自分はどういう影響を及ぼすのか?
それを考えることによって、個々の存在意義は見えてきます。

そうすれば、間違ったプライドや気遣いはなくなるはずなのです。
目的が共有できれば、何が贅肉なのか、堂々と答えを出すことができるでしょう。

会社が成長するまず第一歩は、目的を共有し、それに対する個々の存在意義を明確にする。
そして、全員で贅肉をそぎ落とし、その目的に向けたスリムで、強靱な骨格を全員で共有し、その骨格が必要とするエネルギーとなる贅肉を蓄えれば良いのです。

この過程を軽視してる会社は、横から見てても明らかに肥満体なんです。

痩せましょうね












2017年2月23日木曜日

いじめの本質

いじめの本質ってなんなのか?
ちゃんと分析していけば、そんな難しいもんじゃない。と言うかも伸すごく簡単なこと。
でもその答えを、導き出すのが恐い大人達
だから自ら逃れるために、学校や教師の責任にしている。
学校は対処はしないといけないが、責任は全く取る必要が無い
そもそもいじめは何故起こるのか?
何故いじめる?の追求も大事だが、触れないとないのは、
何故いじめられる?だよ
双方をほんの少し追求すれば、答えは簡単に出てくる。
いじめる側も、いじめられる側も、完全に親の責任。
いじめるのもいじめられるのも、すべて親の教育のあり方に起因する
そこに着目しない限りいじめはなくならない。
親が自分は正しいと思ってる限り、絶対になくならない問題だ
いじめられるのも親の責任ですよ。完全に
学校どうこう言う前に自分を見つめ反省しなさい。
それがいじめの本質です。
子供達は親の犠牲になってると自覚しなさい

2016年11月28日月曜日

問題解決は、大上段からの原因追及と継続した小さな行動

先週からの出来事
若手実力者でありながら、なぜ次の動きを考えた行動ができないか?
その原因は何処にあるのか?僕自身は答えを持っているが、幹部役職者に考えてもらうことにした。
いわば、弊社の大きな大きな根本にある問題点

そこで今週出てきたものとは………

なるほど、自分たちをよくぞそこまで我慢して分析した。自分を自分で評価できることはそれだけで凄いことだし、それに自分たちで気づいたこと、もしくは客観的に分析できたことは素晴らしいことである。
ここまでできる人もある意味少数だと思うから、それは凄い評価である。

でもね、ここまでは、やれる人はやっちゃうんだよねー(笑)

特にTOCやってる人はできちゃう(笑)

本当に結果の出せる人はここからが違う。


残念ながら、うちの役員達は良くない術にはまってしまった。



ここからは一般論(私見)

気づいた、もしくは目に見えた問題が大きければ大きいほど、その問題解決は容易ではない。当たり前ですよね。
それを解決しない限り、人としての成長、強いては会社の成長に繋がらないと言うことが見えていればいるほど、のしかかる問題は大きく感じてしまう。

現実以上に大きく感じてしまうもんなんです。

だから、必要以上に大きく見える相手を倒すのに、必死に解決策を見いだそうとする。

ところが、それをはじめたとたん、自分たちで分析した良くない要因が立ちはだかり、どう考えてもどうどう巡りに入ってしまう。

そんな経験あるでしょ。

こう書いてみると、その要因、見えてきません?


解決策を見いだせない要因は二つ

一つは、

自分たちの悪しき要因(自分たちの考え方の習慣)が変わっていない中で、新しい抜本的な解決策など絶対に生まれないということ。

生まれたとしても実行できない。そりゃそうだ。

自分はこんな人間だと気づいただけで、変化を起こしたわけではないですからね。

当然のごとく、新しいことを考えたときに、現状の自分の今ある不安要素が頭をよぎる。

ほんまもんのループですよ(笑)

解決策生まれるはず無いでしょ


さて、もう一つ、

それは、見えた問題が大きい事柄だと勘違いしていると言うこと

確かに、根本の問題から起因している他の事まで全て考えれば、会社全体にブレーキをかけている問題となるだろう。確かにそれは大きな問題である。

そのように物事を大きく考えるから、出てきた根本問題もものすごく大きなものと勘違いしているんだ。

実はものすごく小さなものなのに…………

会社を左右するだけの問題挑む!」勝手にお題目までつけて、大きな怪物に望もうとしている(笑)

出てきた根本的問題をしっかりもう一歩分析してごらん。

それはそんなに大きな問題ではないでしょ。

それを解決するのは、大きなエネルギーや、リスクを負わなければならない問題ではないはずなんだよ。

それは出てきた根本的問題を、客観的に考える必要があると言うこと。

そうすればそれは、何も大きな問題ではなく、誰もが少しの努力で解決できる問題であると気づくはずなんだ。

じゃぁなぜ、多くの人達は、その術にはまるのか?

先にも書いたように、客観的視点に立てていないと言うことが大きな要因なんだ。

じゃぁどうすれば良い?

簡単なこと

問題追及から解決まで一気に話を進めてはいけない。充分な間を開けると言うことが大切なんだ。

問題発覚、から問題追及まで、この間は、起こった出来事が常に頭にある状態で議論を行う。それが会社に及ぼす影響が大きいほど、重圧を感じながら原因究明をする。

そしてその頭のままで、解決策を紐解こうとすれば………それは感情的でしかないでしょ。完全に情緒不安定状態で冷静物事を見れるはずがない。

そりゃ小さなものも大きく見えるよ(笑)

客観的視点になるための自分の冷却時間 これが必要なんだ。

問題究明と問題解決は絶対に一気通貫で議論してはいけない。

もし時間が無ければ、どうすれば良いか?の 第三者にきけばいい。

効く相手を間違えたら駄目だけどね(笑)

ちゃんと物事を客観的に判断できる相手にきけばいい。

ふっと気づかせてくれるはず。

となると、解決の方法は、

リスクのある大きなモンスターをやっつける言うことではなく、実は一人一人のほんの少しの意識した行動で大きな問題は解決することに気がつくでしょ(笑)


これが、できてる会社とできてない会社の違い

中身を見ればほんの少ししか変わらないんだけど、外からみれなものすごく大きな差になって見えるし、それが社会における差であると言うことなんだ。

経営者の殆どが、この術にはまっているんだ。

今回、最後の答えは僕が出したけど、ここまでよく自分たちで導き出した。事に敬意を表する。

会社を変えると言うことは何も大変なことではないと気づいたでしょ。

また明日から楽しくなるね!!
少しの行動、ながーーい継続(笑)


写真は今日、中間報告をしてくれた際のボード
これも説明しながら書いてくれた。これも実は素晴らしいこと
一番インパクトを相手に与えるやり方








2016年11月18日金曜日

時代が人の多様性を求めている

ここ半年ほどで、同じような話を聞く。


社員に対する経営者意識の習得である

今まで、幹部や、幹部候補には若干の研修などがあったのだろうが、全社的教育を薦めている会社が幾つか出てきているようだ。

先般お邪魔した、某大手商社も常務がそのような話をされ、そのやり方に対して幾つか質問された。

その背景は、社員の質を上げなければ生き残れない。社員が経営意識を持つと持たないでは、結果は大きく違う。ただものすごく難しいと……

9月に訪問した新潟でも、県庁職員が、行き詰まっ状況を打破するために、民間企業との意見交換会を実施

内容は意見交換会と言うより、経営意識の習得の方が大きかったのではないかと思う内容。それは継続して開催されているようだ。


とある行政でも、民間企業経営を知る必要性があると、行政マンに簿記の研修をしているところもある。

派生して、簿記試験の受験まで促してるようだ(笑)


このように、与えられたことにたいする結果を出すのも、よりよい結果を出すためには、自分の畑だけを見ていては駄目で、外を知ればもっと違った答えが出る。そんな資質が、若い段階から求められる時代に入ったという現れであろう。


いずれにしても、向上心がこの自分の生き方を左右する時代に入ったことは言うまでも無い。


レベルのある人間の格差是正はあっても、レベルのないものは格差是正の対象にもならない時代はもう目の前に迫っている。

それは公務員にも言えることだろう。


権利の主張と上位批判をする前に、自分の立っているところは何処なのか客観的に考え、どうすればレベルアップできるのか考えないとあっという間に自分の人生は終わってしまう時代になった。


社会環境が悪いのではない

取り囲む人が悪いのではない


すべて、その状況を作っている自分が悪いのだ 


それに例外はない


人に頼るな、自分で切り開け


生きる道はそれしかない